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コミュニケーション能力と学び(覚え書き)

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■対話デザイン2007 → 受講生のふりかえり(4)

ただいま試験の最中です。私も監督をしますが、こんなふうに学期末の試験だけで大学の学びを評価するという発想は近い将来、間違いなく通用しなくなるでしょう。その理由を説明し始めると熱く語ってしまうので控えますが、そういう時代に備えて自分にできることは何かな?と考えてみると、【21世紀の高等教育】にふさわしい学びのあり方と評価方法を研究開発することだよな、というわけで、対話デザインのような試みをせっせと続けているのです。

まだまだ試行錯誤の途中であり、至らない点も多々ありますが、対話デザインそのものについては、初年度(2003年度)に比べると、クレームらしいクレームはほとんどなくなりました。

他ならぬ受講生たちがこの授業スタイルの意義をちゃんとわかっています。

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●今まで私は、先生方が講義をし、それを聞くことが授業であり、「聞いて、理解する」というのが自分がやるべきことであると思っていた。しかし、この授業は「先生方から生徒へ」という一方的な考えの押しつけではなく、私たちもレポートを提出して自分の考えを述べるという形で「私たちから先生方へ」というもう一つの方法があり、「自分の考えを述べてそれを発展させる」という授業への参加の方法があるとわかった。最初はあまり深くわかっていなかったが、途中から積極的に自分から授業へ参加しようという考えがうまれ、努力したつもりである。

●私はこの授業で努力したと思います。遅刻も一回電車の遅れでしてしまいましたが、他は授業が始まってから終わりまで集中して聞けたと思います。同じことを延々とする授業ではなく、ビデオを見たり、先生の話を聞いたり、レポートを書いたり。そういう授業だから集中力も続いたし、楽しいと感じられる授業でした。後悔されることは、発言の機会があったにも関わらず、発言できなかったことだと思います。ただ、コミュニケーションという身近であるが今までそれほど気にしなかった問題について深く考えられたことはとても良い経験になったと思います。

●秋学期全体を通して、私は気恥ずかしさもあり、授業内での発言はしてこなかったが、レポートにおいて自身の意見を述べるという事で授業に参加する一員としての責任は果たしてきたつもりである。授業においては、相手を打ち負かす弁論術より、自身の意見を言葉として表し、表現する事の難しさと大切さを学ばせて頂きました。

●授業へは積極的に参加できていたのではないかと自分では思います。毎回の授業の最後に行われる自分の意見を述べるためのレポート提出、はじめに行われる受講生全体へのレポート内容に対しての返答、そして、講師が行う講義、この3つのサイクルに自分は参加し、一つの歯車になれていたと思います。ある授業においては、対話は一つの要素が欠けると全てくずれてしまうという対話の責任を感じさせられる講義もあり、コミュニケーションとは一方通行では成立しないという事も学び、また身をもって理解する事ができました。

●私にとってレポートはとても楽しみなものであった。自分の意見に対しての評価が返ってくる。このこともコミュニケーションと言えるのではないかと感じた。そして一度ゼミ生のフィードバックで、前で私の意見が紹介された時、驚いたと同時に嬉しかった。私にもこれほどの評価が得られる意見が書けるのかと、自分自身に対しての自信にもなった。それから毎回、きちんと授業を聞いているからこそ、きちんと書けると思った。レポートに対しての点数が、きちんと授業を受けた褒美となった。とても頑張れたと思います。

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もちろん、上記のような受講生の対極に、楽をして単位がほしい学生も大勢いるのが現実です。簡単に単位が取れる授業もあるそうですから仕方ありませんが。

しかし、研究室にやってきて、「学びたくて大学に来たのに、高い学費を払って単位を買っているだけ」と愚痴をこぼす学生があとをたたない以上、そういう志の高い学生たちに照準を合わせた授業があってもいいじゃないか、と思うのです。

by tomac | 2008-01-25 13:10 | 牧野ゼミ(対話デザイン)
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