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コミュニケーション能力と学び(覚え書き)

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■市民性を育てるということ

なぜ幼児の話ばかりするのか?とお思いでしょうか。幼児にも潜在的な能力は十分あるのにもかかわらず、それを育てようとしないのが日本という社会なのだということをお伝えしたかったのです。ちょうど今、【市民性教育】に関する原稿を書いていて、以前読んだ本を読み返していたのですが、●裁判員制度●いよいよ来年ですね)の導入に向けた課題を端的に表している文章をご紹介します。

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まだまだ日本の法曹界には明治以来の旧態依然たる上からの法による統治意識がのこっています。(中略) 法といっても、それは人がつくったものです所詮は人の判断ではないですか。それだからこそ、つねに人の判断を主とすべきなのに、法で判断をしばり、法で人を裁こうとするのは、主従の関係が転倒しているからです。(中略)

大幅な市民の裁判への参加をすすめることによって、市民の健全な常識にもとづく判断力を社会全体が努力して育てていかなければならないでしょう。市民の判断を尊重しないかぎり、市民の判断力は育ちっこないわけです

それを日本の近代化の始まりの明治の初期からやるべきでした。それなのに、それから一世紀半近く経っても、依然として上からの法による統治に郷愁を抱く者が多いありさまです。これでは国際的に見て日本の将来は暗い、実に暗いと言わざるを得ないでしょう。

平均的アメリカ人や平均的中国人とくらべると歴然としていますが、平均的日本人の説得力の弱さは惨憺たるものです。それに応じて日本の言論も実に程度が低く弱いのです。これでは日本の国際競争力は低下する一方です。

どうしてそうなのか答えははっきりしています。国民の説得力の水準をきめるのは、ビジネスや学術における説得力ではありません。日本はそれらの分野での説得力の水準も確かに低いですが、平均的な日本国民の説得力の弱さは、裁判を筆頭として公の場で説得力を発揮することを抑えつけられてきたからです。基本的に日本人や日本語が説得に向いていないわけでは絶対にないのです。

市民の日常の主張が尊重されないから、市民は能力に自信がもてず、だから能力が発揮されず、眠らされたままになっていました。ここのところを強く肝に銘ずべきです。
-----(赤木昭夫 2005 『説得力』 NHK出版 p.68-70)-----


日本には日本が長い時間をかけて育てた【イメージの文化】があるので、それはそれとして世界に向けて発信していかなければならない、というのが私の(研究者としての)立場です。

しかし、【市民性】ということに関していえば、もはや【イメージの文化】にあぐらをかいていられる時代ではありません。【ことばの文化】を育てるということは、幼児のような弱い立場の者さえも人格を持つ一市民として尊重される社会をつくることに通じているのです。

by tomac | 2008-02-13 15:26 | コミュニケーション能力って
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