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コミュニケーション能力と学び(覚え書き)

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■良心

 たまたま今朝の朝日新聞に、
昨日の話題(物語という対話)と関連する記事が載っていました。
(→「『残虐さ過剰』と削除」朝日新聞大阪本社2004.11.13)

 本宮ひろ志氏が『週刊ヤングジャンプ』(集英社)に連載中の漫画の中で、
「南京虐殺」を描いた部分が「過剰な虐殺のイメージを想起させる」という理由から、
削除・修正されることになった、という記事です。

一方では、
 「『南京大虐殺』はないという強力な証拠がある」
 「死体は一体もなかった。(中略)虐殺はなかったと言い切れる」
という立場があり、

もう一方では、
 「非戦闘員の殺害、略奪行為などがあったことは否定できない」
 「陥落後に捕虜や中国兵とみなした人々を集団処刑したのは事実」
という立場があって、

議論はまったくかみ合いません。

 例のごとく、
「事実」や「証拠」で「倫理」が語られ、「表現の自由」で「権利」が語られていますが、
週刊誌のゴシップ記事なら、それですまされても、このようなテーマを扱ううえでは、
もっと大切な何かがかけているのでは?という気がしてなりません。
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 話が大きく飛躍するようですが、

 「脳の本」の話題のところでご紹介した神経学者のアントニオ・R・ダマシオによれば、
(→2004年10月25日、27日に関連記事あり)

 「意識」と呼ばれるものには、きわめて生物学的なレベルから始まる発達段階があり、
そして、「意識ある心の頂点にあるもの」とは、
「良心」だと結んでいます。

 ほんの一部だけ、引用してみたいと思います。


------

 「意識」という言葉にはあまりにも多くの意味が込められている。この意味の多さゆえに、
いまや意識という言葉を無条件に使うことはほとんどできないし、また、意識がいまや
最高の地位へと押し上げられてしまっているのも、たぶんこの意味の多さからだろう。

 またこの意味の多さゆえに、善と悪を区別する能力、同胞の人間の要求と欲求、
宇宙の中でわれわれが占める位置の感覚など、われわれがきわめて洗練されたもの、
きわめて人間的なものとみなしている人間の特質を、われわれは無制限に意識に帰す
ようになってしまった。こうして、意識は触れてはならないものになった。

 私は意識をそう見てはいない。意識があるから、われわれが賞賛する人間的特質を
「心」がつくり上げることができるのであって、意識はけっしてそうした特質の本質ではない。
意識は愛や名誉や慈悲と、寛容や利他主義と、詩や科学と、数学や技術的想像力と、
同じでは「ない」。そのことで言えば、不道徳な行為、存在の不安、創造性の欠如も、
悪い意識状態の例ではない。ほとんどの犯罪者の意識は損なわれていない。
損なわれているのはたぶん良心だ。

(アントニオ・R・ダマシオ(1999)田中三彦訳(2003)
『無意識の脳 自己意識の脳 身体と情動と感情の神秘』講談社
p.368-369)

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 むずかしい本ですけど…(汗)、 興味があったら、図書館で借りてみてください。
by tomac | 2004-11-13 12:46 | 日々の出来事
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