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コミュニケーション能力と学び(覚え書き)

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2005年 03月 05日 ( 1 )

■市民の「甘え」

 古い話題ですが、「対話デザイン:受講生のレポート(その2)」(→05.01.16)にて、こんな話をしたことを覚えていらっっしゃるでしょうか…?

 そうなんです。「縦の関係」を「横の関係」に転換しようとしたら、「講師」が降りると同時に、「受講生」は昇らなければなりません。しかし、「縦の関係」をこわして「横の関係」に転換する、という試みは、多くの受講生に支持された一方で、「縦の関係」のままでいいから責任を押し付けないでくれ、という立場もあることがわかりました。

 なんとあれは、「社会の縮図」だったのかあ~!と、裁判員制度に関する記事を読んで思い知らされました。残念ながら、この場合、私も「縦の関係」を望む「無責任な市民」の一人ではないと言い切れないのですが…(涙)

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 一般市民の良識を裁判に反映させるため、くじで選ばれた一般市民が、プロの裁判官と対等の立場で裁判に参加して、有罪・無罪や刑の内容を決める「裁判員」制度が、09年までに始まる。
 裁判員制度をテーマにしたテレビ番組を見て、気になったことがある。それは、番組のなかで紹介された「裁判のような難しい仕事は、裁判官にやってほしい。プロの裁判官でもかかえる悩みを、裁判員となった一般市民にも背負わせて、日本じゅうを悩める人間でいっぱいにするつもりなのか」という意見である。
 この意見の主は「模擬裁判に参加してみて、自分の表明した意見が正しかったか、後で悩みが深まり、責任の重さを感じた」とも言っている。
 こういった後ろ向きの反応の背後に見え隠れするのは、社会秩序の維持、ひいては国政全般について決定するのは「お上」の仕事であり、一般市民は、権利や自由を享受するのにとどめて欲しいという、「よらしむべし知らしむべからず」の統治に慣れ親しんだ「甘え」の思想ではないだろうか。
 こうした思想のもと、裁判員制度も、「お上」の都合でなされた改革ととらえられ、国民にもともとある権利がかえってきたとはとらえられていないようだ。だが、権利や自由は、義務と責任の裏返しであり、「お上」から与えられるものではないはずだ。(多谷千香子)
-----朝日新聞2005年3年5日「私の視点」-----
by tomac | 2005-03-05 20:59 | 日々の出来事
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