コミュニケーション能力と学び(覚え書き)

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カテゴリ:日々の出来事( 280 )

◆気づかず、ごめんなさい!(>0<)

一週間前にコメントをいただきながら、ずっと気づかずにいて、ごめんなさい!!(>0<)
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お久しぶりだから驚いたかしら?30年ぶり。◇◇高の◇◇です。
牧野さんがとても立派に活躍されていることを風のたよりで半年前に知りました。(遅くてごめんなさい)
これまでの道のりと現在されている研究の話を聞きたいと思ってメールしました。
◇君はクラス会、クラス会とメールしてきて、年末30日に集まろうとしていますが、牧野さんの静岡への帰省、または東京に出張があるようでしたら東京でお会いする機会を作れませんか?
私は◇◇在住です。関東には◇◇さん、◇◇さん、◇◇さんなどなど十数名女性がおります。静岡には男女とも大多数の方が。
どんな展開になるのか、難しいことなのかわかりませんが、コミュニケーションのオーソリティーの牧野さん主導で少し考えていただけませんか?(ちょっと強引。ごめんなさ~い)
私は部活(放送部)の仲間と静岡で半年に一度集まっています。◇◇さん、◇◇さん、◇◇君は元気です。忙しくされていると思いますが、急ぎませんので時間に余裕がある時に宜しくお願いします!!
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驚きました(^-^)。まずは、ありがとう。

◇さんは、ほんとに熱心に幹事をしてくれているよね。私はでも、めったに静岡にも帰れていない状況なので、なかなか参加できずにいましたが・・・(^^;

牧野主導でというのは、ちょっと強引すぎますが・・・ムリですよお(笑)、それにしても、思ったより関東在住の人たちが多いんですね。

高校時代の友人では、え◇◇さんとは数年に一度ぐらいは会っているかな。先日もドイツ人のご主人と一緒に遊びに来てくれましたよ。ドイツで暮らしているだけでも意外なのに、よくがんばっているなあと感心します。

メールアドレスはホームページ(www.tomac.jp)に公開しています。トップページの一番下です。連絡はメールでも大丈夫ですよ。

やっぱり、いいだしっぺが幹事をするのがいいと思うけれど(笑)、そういえば、昔々、みんながうちに遊びに来たことがあったねえ。なつかしいな。

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by tomac | 2014-11-29 16:06 | 日々の出来事

◆エアメール

なつかしい人から手紙が届きました。かれこれ20年近くゆるやかな文通が続いています。アメリカのウィートン大学院に留学中は、ひたすらレポートを書きまくる日々でしたが、とにかくありがたかったのはライティングセンターの存在でした。
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当時、大学4年生だった友人はライティングセンターでマネージメント業務も担う優秀な学生でしたが、英文のチェックだけでなく、レポートの内容に興味をもって一緒に考えてくれました。さすがは文学メジャーですね。
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6人の子どもたちをホームスクーリングしている肝っ玉かあさんですが(脱帽です!)、今も変わらず、真剣に耳を傾けてくれています。
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来週はいよいよフィンランドで研究発表(EdMedia2014)ですが、考えてみれば友人は、十字モデルが生まれるずっと前から私の歩みを見守ってくれた人なのです。

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by tomac | 2014-06-17 19:00 | 日々の出来事

◆霊的であるということ

ちなみに、キリスト者は「聖霊」という表現をすることがあります。聖霊は、いわゆる心霊現象とは一線を画していて・・・うーん、なんと説明したらいいのか。

「神」が巨大な存在であるのに対して、「聖霊」はもっとパーソナルな存在というか。あたかも、神さまの分身が直接自分に語りかけてくるような感じです。

たとえば、この日曜日は礼拝の最中に聖書の中から突然ある聖句が飛び出して見えました。(ヨハネ14:18)

ただの偶然だよ、思い込みでしょ、と言われるかもしれませんが、私自身は実際に人生の局面で、そういう語りかけ(メッセージ)を頼りにして選択をしてきました。ですから、自分にとってはきわめてリアルな存在です。


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by tomac | 2014-06-10 19:00 | 日々の出来事

◆追記

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断片的な引用だけでは、なかなか著者の真意が伝わらないと思いますので、前後の文脈を補足しておきますね。

『脳神経倫理学の展望』信原幸弘・原塑(編著)



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 だが、現時点でそうした問題の可能性を言い立てることは控えるべきであり、宗教と科学の関係に対する神経科学の影響は、今のところ予想しがたいとすべきだと私には思われる。こうした態度に煮え切らなさを感じる人も多いだろう。そこで、最後にこの点を弁明しておきたい。
(中略)
 脳神経科学が人間の脳や心について、着実に研究成果を上げていることは事実である。しかしながら、実験的に裏付けられたさまざまな知見ですら、動物の脳に関するものであったり、かなり限定された実験状況での人間の脳に関するものであり、現実の生活状況における人間にどれだけ当てはまるか、決して定かではない。さらに心と脳の関係という根本的なレベルの問題にいたっては、いまだに難問が山積みしている。科学者自身はこうした限界を自覚しつつ慎重に研究を進めていると思われるが、しかし科学者の手を離れ、脳神経科学の知見が社会の中に流通するとき、往々にしてそうした限界や慎重さは忘れられているのではないだろうか。今の日本には、脳が心のあり方を決定し、またその決定のあり方について脳神経科学が確定的な知見をもたらしているかのように語られるという現状があると思われる。たとえば、ゲームの影響や早期教育に関する論調に見られるように、ときにそれは非常に脅迫的なトーンを帯び、親や教育者を心理的に圧迫し、一部の行政の長に根拠薄弱な見解を植えつけることを通じて、現に日本の教育環境を悪化させていると思われる。
 脳および脳神経科学をめぐるこうした現状もまた、脳神経倫理学が問題にすべき事柄であろう。そして重要なのは、脳神経倫理学の言説自身が、そうした状況を悪化させる一因にもなりうるということである。現在の脳神経科学の知見から今後を予想し、問題が生じる可能性を言い立てることは、脳神経科学が人間の脳や心について確定的なことを知りえているというイメージを補強しうるし、さらにはそれ自身が問題の原因になりうる。たとえば私がここで、宗教が自然化され消滅すると予測したとする。この予測自身は根拠薄弱であるが、しかしそれによって原理主義的な宗教団体が、科学を公共知として受け入れている市民社会に対する敵対的態度を強化するということは十分にありうる。それゆえ、倫理的問題が生じる可能性を安易に言い立てるべきではないと思われる。脳神経倫理学を論じるものは、自らの言説自身が倫理的に有害でありうることを自覚すべきであり、脳神経科学だけでなく、脳神経倫理学自身をも批判的考察の対象とすべきであろう。
-----高村夏輝「神経神学は神を救いうるか」(335~336ページ)-----

さすがは倫理学者だな、というのが一読者としての感想です。

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by tomac | 2014-06-09 08:10 | 日々の出来事

◆信仰って

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少しずつ読み進めた『脳神経倫理学の展望』信原幸弘・原塑(編著)を読み終えました。扱っているテーマは多岐にわたりますが、私はもともと「宗教の自然化」というテーマに興味がありました。宗教と呼ばれる人間の営みを脳科学がどこまで説明できるのかということです。

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 より重要な問題は、宗教経験の存在が何を意味するかということである。そうした体験の内容である、一切の差異・区別のない統一的な実在や神が実際に存在し、宗教経験をつうじて体験者はそうした存在と出会っているのであろうか。それとも体験者がそうした内容の体験をしたというだけで、実際に出会ってなどいないのだろうか。言い換えれば、目の前にあるさまざまなものを見ている経験と同様の、正しい内容を持つ経験なのだろうか、それとも夢や幻覚に比すべき間違った内容を持つ経験なのだろうか。脳画像そのもの、そして宗教経験の存在自体は、どちらの可能性とも両立しうる。
-----高村夏輝「神経神学は神を救いうるか」(p.325)-----

結局、結論は「宗教と科学の関係に対する神経科学の影響は、今のところ予想しがたいとすべきだと私には思われる」という「煮え切らなさ」を含んでいますが、賢明な判断ではないのかなと私自身は思いました。

ただ、読んでいてなんとなく違和感を覚えたのは、宗教経験が心霊現象のように捉えられていることです。

「神の存在」とは、そういうものではない。出会いの意味が違う。


では、「神の存在」とは、どういうものなのか。ということを自分なりに考えてみました。

私たちの人生は、それぞれ独立した一本の線のはずなのに、あるときそれが人知を超えて(人間の計算や操作がおよそ届かない次元で)あまりにも美しく共鳴する瞬間がある。これはおそらく、科学者が自然界の法則を発見して大いなる存在の前に思わずひれ伏す感覚と似ているだろうと思います。

その意味でなら、宗教と科学には共通点がある、と言えますね。

とはいえ、科学的法則は研究によって見出されるものですが、信仰の歩みは人生そのものが探究のプロセスです。その歩みをお互いに確かめ合って共有するために、私たちは教会に集うのだと思います。ときとして、礼拝や祈りを通して信仰心が高まり、感情がゆさぶられるという体験はたしかにありますが、そのこと自体は信仰の歩みという長い長いプロセスのほんの一面に過ぎないと私は思っています。


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by tomac | 2014-06-07 10:15 | 日々の出来事

◆小さな一歩

新しい鉢に植え替えましたよ。環境変化に驚いたのか、まだちょっと弱々しい感じですが、しばらく時間が必要なのでしょうね。連日の猛暑で心配しましたが、涼しい風をうけて元気を取り戻しました。
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by tomac | 2014-06-04 15:00 | 日々の出来事

◆ミニシクラメン物語

ホームセンターからやってきたミニシクラメンです。冬の間くりかえし花を咲かせて楽しませて(癒して)くれました。最後の一輪が枯れるまで見届けよう、と水をやり続けていたら、花の命と入れ替わるように小さな芽が出てきて、新しい命が動き始めました。
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そろそろ新しい鉢に植え替える時期かな。栄養たっぷりの土が必要ですから。

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by tomac | 2014-05-30 10:00 | 日々の出来事

◆心に響きました

b0046050_124890.jpg連休中に読んだ中で印象に残った一冊です。研究のプロセスをストーリー調に語っている面白さだけでなく、著者の誠実さが伝わってきます。

この本の中で示唆に富む一節を読んだとき私はある学生を思い出しました。「コミュニケーション能力とは?」という問いに対して切実な思いを綴ってくれた学生です。

 「人間のコミュニケーションは複雑になりすぎた。シンプルな信号だけで意思疎通ができる動物たちがうらやましい。」

 テストの解答用紙を採点中だったのですが、なんだか力が抜けて、思わず微笑んでしまいました。そのときの私にできたことは、下線を引いて花丸をつけることぐらいでしたが。

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 しかしながら、自閉症について理解することは、自閉症児の療育や支援に役立つという側面だけでなく、自閉症ではない人間、定型発達者を理解する「鏡」を得ることにもつながります。例えば、自閉症者のコミュニティで知られている話として、自閉症者でない人々は「定型発達症候群」という障害を持っている、というものがあります。
 定型発達症候群とは、以下のような症状を持つ発達障害です。「他人の気持ちにこだわり、読心術ができているかのような妄想を持つ」「正直でことばの意味通りのコミュニケーションを行うことができず、ことばの意味とその会話で伝えようとする意図が矛盾してしまう」「道順やものの位置など、環境の変化に気付くことができない」「社会的な立場や友人関係、他人からの評価など、限られた範囲の内容にしか興味を持つことができない」。何か思い当たることはありませんか?
 自閉症を持たない我々の多くである「定型発達者」が当然のこととして考えている社会行動は、よくよく考えてみると、合理的な説明ができるものばかりではありません。また、全てが役に立つわけではなく、悩みの種になったり、仕事に支障をきたしたり、法を犯してしまう原因になってしまうこともあったりします。このような社会行動の特徴は、「自閉症」という視点から見たらとても奇妙で、不思議なものに見えてきます。
 定型発達症候群の“症状”である対人行動やコミュニケーションの特徴は、社会脳の特徴でもあります。自閉症者という「鏡」を通してこれらの行動を眺めてみることにより、定型発達者の社会脳がどのような役割を果たしているのか、どのような処理を行っているのかについて、新たな視点から研究を行うことが可能です。自閉症者は、社会脳について、人間社会について新たな見方を教えてくれる「先生」でもあるのです。
-----千住淳『社会脳とは何か』(2013, 96~97ページ)-----


 
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by tomac | 2014-05-10 12:20 | 日々の出来事

◆新緑がまぶしい季節です

b0046050_17363720.gif鳥たちの楽しげな声がきこえてきます。こんなときは引きこもって本なんか読むのはやめて、ゆったり自然に包まれるのもわるくないですね。みずみずしい空気を深呼吸して。
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by tomac | 2014-05-04 13:00 | 日々の出来事

◆ハッピー☆ゴールデンウィーク

b0046050_11445136.gifこういうときはのんびり読書にふけるのが一番ですね。ちょうど同僚から、脳神経倫理学の専門書をご紹介いただいたので、まずは入門書から始めています。良心から信仰心まで、はたして脳科学がどこまで説明できるのでしょうか? 探究心が高まっています。








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by tomac | 2014-05-03 12:00 | 日々の出来事
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