コミュニケーション能力と学び(覚え書き)

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■集中モード

 ようやく大学のほうの雑務も片づき、発表のための小道具もそろいました。

 海外の場合は、機器の調子ひとつとっても、どんなハプニングがあるかわからないので、あらゆるケースを想定して、どんな状況でも最低限のプレゼンができるように準備します。

 そうすると必然的に、ノートPC本体だけでなく、CD-Rやメモリスティック、いざというときのための印刷媒体にまで至り、けっこうな荷物になってしまいますの。(涙)

 本来は、海外からの参加者がPCまで持ち込まなくてもいいように、ハードウエアもソフトウエアも、各会場に設置されているのですが、

 日本語版のPowerPointで作ったスライドは、英語版のPowerPointでも、正常に表示されるだろうか?とか、

 OSやソフトのボタンがすべて英語で書かれているのに、とっさのときに焦ってしまわないだろうか?とか、

 あれこれ心配になってきて、結局、万全の体制で臨まないことには落ちつけないのです…。会場には、メール用の端末や、無線ランの環境まで整っているというのにね。(笑)

 とはいえ、これほど「いたれりつくせり」の環境は、eラーニング関連の学会ならではのことで、たとえば古典的な文系の学会などでは、ありえない話だと思いますが。(笑)

 いずれにせよ、国際学会での本格的な研究発表は2000年以来なので、本当に久しぶりです。うー。緊張するぅ。

 ということで、集中力を高めるべく、ネットはしばらくお休みします。帰国したら、また報告しますね。

 あ、そうそう。台風24号は、いつのまにか消えてましたね。感謝、感謝です。 
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by tomac | 2004-10-29 17:52 | 日々の出来事

■ひとりなべ

 ここ数日、毎朝、新聞を開くたびに目を覆いたくなるようなニュースばかりで、気が晴れない日が続きます。大学では、学生も、教職員も、疲れのたまる時期なので、体調を崩している人は少なくありません。

 とはいえ、関西大学では、ちょうど学園祭と創立記念日が重なり、一週間ほど休みになるので、みんながゆっくりできる充電期間になればいいな、と思います。私は、あいにく海外出張があるので、休養というわけにはいきませんが、多少なりとも気分転換になるといいのですが。

 なんだかバタバタとあわただしくて、なかなか準備に取りかかれませんでしたが、ようやくプレゼン用のスライドと原稿を仕上げることができたので、少しほっとしています。あとは集中モードにはいって、練習を重ねるのみです。が、

 実は、発表そのものより、ひさしぶりの海外なので、いつになく緊張しています(汗)。もともと飛行機に長時間のるのは大の苦手だし、よりによって大統領選の前日に(!)、ワシントンDCに到着するなんて、入国手続きにいったいどれだけ時間がかかるだろう・・・。なぜにこんな時期に、こんな場所で学会を?と思うけれど、いまさらぼやいても仕方ないですね(涙)。

 とにかく体調を崩さないように、ということで、できるだけビタミンをとるように心がけているのですが、どうしても外食やお弁当ですませがちなので、なかなか野菜がとれません。そんなとき、ふと思いついたのが鍋でした。

 鍋なんて、一人で食べてもおいしくないよ、と思いつつも、残っていた特大サイズの味ポンを使ってしまわないといけないし、とりあえず、もらいものの小さな土鍋で作ってみたら、あらまあどうして、一人でも結構いけるのね、ということを発見しました。

 今年は、台風の影響で野菜も果物も値がはりますが、とりわけ白菜は目がとびでるほど高いので、少しずつ分けて使うことにし、豆腐やきのこ類で補うと、小さいながらも立派な鍋になって、おいしい、おいしい。

 そんなわけで、ひとりなべが高ぶる神経をやわらげてくれてます。

 おいしい鍋で心身を暖めて、熱いお風呂で疲れをとって、あったかい布団で眠れる幸せに感謝しつつ。
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by tomac | 2004-10-28 19:32 | 日々の出来事

■議論の十字

 先日お話ししたとおり(2004年10月19日)、動的イメージとしての議論モデルということで、「議論の十字」というモデルを本日の授業にて紹介しました。

 導入として、「理科ねっとわーく」からお借りしたデジタル教材は、主に二種類ありますが、一つは、①「化学反応と分子エネルギー」について説明するアニメーションで、もう一つは、②「化学反応と触媒の働き」について説明するアニメーションです。

 「理科ねっとわーく」には登録しないとログインできないので、実物にリンクをはれないのが残念ですが、それぞれの教材のポイントは、こういうことです。

①分子エネルギーの低いときは、衝突しても反応しないが、分子エネルギーの高いときは、衝突すると反応する。

②触媒がないときは分子はほとんと反応しないが、触媒があると、分子が乖離して原子になり、別の原子と結合する。こうしてできた新しい分子は触媒から離れていく。

 といって言葉で説明しても、なかなか意味が伝わらないと思いますが、これをアニメーションで見ると一目瞭然ですので、興味のある方は、ユーザ登録のうえ、実物をご覧になってくださいね。(といいつつ、教育従事者でないと、登録できないのかしら?)

 では、いったい化学反応と議論モデルが、どうつながるのか?とお思いかもしれませんが、とりあえず授業で用いたスライド教材をホームページにアップしておきましたので、まだイメージだけなのですが、ご参照ください。なお、文章化した詳しい解説も準備中です。しばしお待ちを。

 いずれにせよ、「中学・高校でならった化学の知識が、コミュニケーション学(議論学)と、こんなふうにつながるのかもしれないよ~(仮説だけど)」という話をすることができたのは、いかにも「総合情報学部」らしくて、なんだかうれしかったです。

 それから、単なる知識としてのモデルではなく、まさに授業の中で進行している「対話デザイン・プロジェクト」(2004年9月17日、2004年10月20日)について、このモデルを用いながら説明できたことは、学期後半にかけて、議論をさらに深めていくうえでの方向づけになったのではないでしょうか。

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 ちなみに、脳の本(2004年10月25日)の続きですが、注文していた、アントニオ・R・ダマシオの『無意識の脳 自己意識の脳 身体と情動と感情の神秘』が届いたので、さっそく読んでみようと思います。なんだかすごく「そそられる」章立てなので、読み終えたら、また感想をつづりたいと思います。

 カバーに載ってる写真を見ると、ダマシオって、想像していたよりずっと若く見えて、学者というより、俳優みたい。
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by tomac | 2004-10-27 13:09 | コミュニケーション能力って

■『エモーショナル・ブレイン』 ジョセフ・ルドゥー、松本元(訳)

 近頃、「情動」(いわゆる「感情」)のメカニズムについて論じている本を読みあさっています。

 そのうちいくつかピックアップしてみますと、次の3冊などが有名どころではないでしょうか。いずれも90年代半ばに続けて出版されたものですが、日本語の翻訳が出版されるまでにかかった年数に、かなりの開きがあるのに気づきます。

・『生存する脳 心と脳と身体の神秘』アントニオ・ダマシオ(1994)→(翻訳2000)
・『EQ~こころの知能指数』ダニエル・ゴールマン(1995)→(翻訳1996)
・『エモーショナル・ブレイン 情動の脳科学』ジョセフ・ルドゥー(1996)→(翻訳2003)

 ゴールマンの『EQ』はたいへん読みやすく、そのことも「EQ」ブームの一因となったのかもしれませんね。難易度からいえば、次に易しいのはダマシオの『生存する脳』で、ルドゥーの『エモーショナル・ブレイン』が最も難解です(私自身、まだ消化しきれていません…涙)。

b0046050_21215378.gif 『EQ』と『生存する脳』のほうは、主に、社会的存在としての人間が、後天的に備える情動反応を扱っているのですが、『エモーショナル・ブレイン』は、動物としてのヒトが進化の過程で築いた生物学的機能としての先天的な情動反応を扱っています。

 「情動」といっても色々ですが、私の関心はとくに「共感」と呼ばれる情動反応にあります。ある程度までは生得的な部分があるとはいえ、人生の経験が、記憶として蓄積され、それがイメージとして引き出されることによって、「共感」という情動反応が起こるのだとしたら、やはり「後天的」な部分が大きいのでしょうね。ですから、どちらかといえば、『EQ』や『生存する脳』のほうが参考になっています。

 けれども、『エモーショナル・ブレイン』のルドゥーには、研究者としての姿勢に「共感」を覚えました。彼はこう言っています。

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 脳内には情動系が一つではなく、多数あるかもしれないのだ。(中略)
 もし私が正しければ、どのように情動が脳で発現するかを理解する唯一の方法は、諸々の情動のうち一つずつ研究することである。もしもいろいろな情動系があり、この多様性を無視するなら、われわれは脳の情動の秘密を決して理解することはできない。
(p.125, 129)
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 この文章の「情動」という部分を「コミュニケーション能力」に置き換えてみてください。そうすると、それはそのまま、研究者としての私の立場になります。

 「コミュニケーション能力」というのは、今や流行ことばとなったので、いろんな人がいろんなことを言っていますが、結局のところ、一つずつ丹念に研究していかなければ、全体像には近づけない、というのが私の考えです。

 ちなみに、『エモーショナル・ブレイン』は難しい本ですし、高価(3400円)なので、安易にお勧めできませんが、たいていの図書館は所蔵しているのではないでしょうか。

 この本の「訳者あとがき」の最後には、こう記されています。

 「訳者のひとり松本元氏は、本稿脱稿後の2003年3月9日に急逝された(編集部)。」

 「最初から最後までこの翻訳の完成を主導した」という松本氏にとって、文字どおり、命をかけた翻訳だったのでしょう。

 一生に一冊でいいから、そういう本を書ける研究者になりたい、と願っています。
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by tomac | 2004-10-25 21:22 | コミュニケーション能力って

■教員免許の更新制

 今朝の朝日新聞の「三者三論」では、「教員免許の更新制」の話題が取り上げられていましたね。

 三者のうち、丹羽健夫氏は、もと河合塾理事ならでは視点で、免許更新制に賛成する理由を3点あげていましたが、とくに第3番目の理由が目にとまりました。

------(朝日新聞2004年10月22日)----

 三つ目の理由は、免許をもらうまでに教える資質が問われないことだ。
 資質とはずばり、生徒とのコミュニケーション能力だ。適性のある教師は、授業の準備段階でシナリオをつくり、どう伝えれば届くか言葉探しをする。授業中も、どこまでわかったか子どもに確かめながら話す。授業を見ると、素質の壁が、かなりの大きさで横たわっているのを感じる。
 しかし、教員免許は、この資質を問題にしていない。教職課程で単位をとれば、ほとんど自動的に免許をもらえる。教育実習はあるが、4週間ほどしかなく、受け入れる学校の態勢も充分ではない。
 大学の講義は、先生の卵のお手本になるのだから、面白くなければならないのにつまらない。昔の師範学校と違って多くの教授が小中高で教えた経験がないのも致命的だ。
 そもそも大学入試からしてペーパーテストが主であり、教える実技試験などない。
 免許をとった人が、必ず教師になるわけではないし、採用試験も倍率は高い。だが、大事な子どもを教育する人間が、このように安直に製造されていてよいのだろうか。

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 今朝、朝ごはんを食べながら新聞を読んでいたときは、「ふむふむ」と思ったけれど、いま改めて読み返してみると、自分が大学生のときに抱いた問題意識と同じことだわ、と気づきました(笑)。

 思えば、教員養成学部を卒業しながら、採用試験を受けなかったのは、ささやかな抵抗だったのかもしれません。

 といっても、今は免許更新制の是非そのものにはあまり興味はなく、他の二者が論じているように、「更新制と一緒に提案されている教員の専門職大学院の構想」に注目しています。

 この構想がどんなふうに具体化されるのかは想像できないけれど、いつか自分もそういう場で何か貢献ができるように、目の前の研究にとりくんでいこう、と決意を新たにしています。
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by tomac | 2004-10-22 21:22 | コミュニケーション能力って

■本州横断

 全国各地の被害の深刻さに比べたら、この程度ですんで本当によかったけれど、
自宅の屋根瓦が飛ばされて、今朝は散らばった残骸の片付けに追われました。

 そういえば、「ガッチャーン」と植木鉢の割れるような音をゆうべたしかに聞いたっけ。

 強風にあおられてグラグラ揺れる家の中で、ひたすらじっと耐えるのも辛いけれど、
9月の台風ではTVアンテナが折れるし、今回の台風では屋根瓦が飛ばされるしで、
台風がこんなにこわいものだと知ったのは、これまで生きてきて初めてのことです。

 以前、石垣島の人から聞いた、「台風のときはトタン板一枚が凶器になる」という
言葉の意味を今さらながら実感しつつ。

 今回の台風23号は、「記録的な被害を残した」と報道されているけれど、
これまでも沖縄や九州では毎年のように起きていたことが、本州にやってきたから、
みんながその深刻さにようやく気づいた、というだけのことなのかもしれないな。

 それにしても、天気図には24号の影が不気味に伸びていますね。今はただただ、
11月1日早朝の「伊丹→成田」の飛行機が平常どおり飛ぶことを祈るばかりです…。
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by tomac | 2004-10-21 19:27 | 日々の出来事

■「けいどろ効果」?

 唐突ですが、「けいどろ」という遊びをご存知ですか?

 「けい」は「警察」、「どろ」は「泥棒」の略ですが、「けい・どろ」のほかにも、「どろ・けい」という言い方もあるそうな。「けいさつ」が「どろぼう」を捕まえるという、ようは「鬼ごっこ」のことなのですが、ふつうの鬼ごっこにはない「仕掛け」が埋め込まれている遊びです。

 ふつうの鬼ごっこなら、捕まったら終わりですが、「けいどろ」の場合、捕まった時点で「ろうや」には入れられるものの、まだ捕まっていない他の「どろぼう」が助けにきてくれると(タッチしてくれると)、その時点で「ろうや」から開放されて、再び自由な身になれるのです。

 鬼役の「けいさつ」にとっては迷惑な話ですが、子どもの頃、私はこの遊びが大好きでした。「缶ケリ」と同じくらい。「缶ケリ」もまた、ただの「かくれんぼ」と少し違って、まだ捕まっていない子が、鬼の目をぬすんで忍び寄り、缶を盛大に蹴りあげると、すでに捕まっていた子たちもいっせいに開放される、という点で、なにか共通していますよね。

 実は、最近、二人の妹の子どもたちが、すっかり「従兄弟」らしくなったそうなのですが、そのきっかけは、この夏、一緒に遊んだ「けいどろ」にあったのではないかしら?と話していたところです。

 「あれなら、大きい子も小さい子も、みんな一緒に遊べるもんね。」

 というのは、なにげなく言ったひと言なのですが、よくよく考えてみると、これはなんとも示唆的な台詞だったなあ、と振り返っています。

 なぜ、「大きい子も小さい子も、みんな一緒に遊べる」のか。

 それは、普段は一緒に遊んでもらえない小さな子でも、鬼に見つからないように「ろうや」に近づき、捕まっている子にタッチさえできれば、みんなの役にたてるからではないでしょうか。

 「ろうや」のすぐそばで運悪く鬼に見つかったとしたら、鬼が到着するまでの数秒間に望みをかけて全速力で走ります。「ろうや」の中から聞こえる「はやく!はやく!きてー!」という叫び声に応えたい、という一心で必死に「ろうや」に駆け寄るその目は、真剣そのものです。

 「自分の存在価値を実感できる一瞬」といったら、おおげさですか?

 でも、なんだか私は、自分がどうしてあれほど「けいどろ」や「缶ケリ」に夢中になったのか、わかったような気がしています。

 さて、

 ゼミ活動としての「対話デザイン・プロジェクト」については、以前(2004年9月17日)お話ししましたが、本日をもって第4回目が無事に終了しました。これでゼミ生の全員に担当が一巡したことになります。

 2~3名から成るそれぞれのチームは、200名規模の授業科目(コミュニケーション論Ⅰ)にて、(1)その日の講義の内容を集約する命題を決め、(2)受講生との質疑応答をリードし、(3)提出された小レポートを採点する(真偽・抽象・具体を判別する)のはもちろんのこと、(4)その分析結果を考察としてまとめたうえで、(5)次回の授業の最初にフィードバックする、という一連の作業を担います。それが、どれほどの作業量を意味するかは、私自身がよーく知っています。

 このような重大な責任をゼミ生に負わせることは、ひとつの賭けでもあったのですが、一人として責任を放棄した人はおらず、むしろ、一人一人が私の予想をはるかに超える結果を出してくれました。

 各チームは、私がうるさく言わなくても、的確な「命題」を受講生の目線にあわせて準備し、授業中の質疑応答では、広い講義室を魚のように泳ぎまわり、集められた膨大なレポートの採点と集計をきっちり終えて、自分たちの導き出した考察について受講生に報告するための準備を整えてきました。

 もちろん、その一方では、レポートを採点するときの判断の微妙なズレなど、やってみて初めてわかる問題点も浮上してきました。しかし、ゼミ内の検討を踏まえつつ、受講生との対話を継続していくことによって、いかに問題を解決していくのか、というプロセスそのものが何よりも尊いのだ、ということに改めて気づかされました。

 現時点で、全体の3分の1が終わったところですが、ここまでの成果をさらに発展させながら、この先どこまで議論を深めていけるのか。まだまだチームの挑戦は続きますが、たとえ凸凹コンビと思われるようなチームであっても、みんな真剣なまなざしで着実に前進している様子を見守りつつ思います。

 これって、ひょっとすると、「けいどろ効果」?

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 ちなみに、今日は台風による避難勧告のため、2限目の途中で授業が中断されるという事態になりました。幸い、私の担当する「コミュニケーション論Ⅰ」は1限目なので中断は免れたのですが、大型台風が近畿地方を直撃しようというときに、チームの担当者だけでなく、受講生の多くが通常どおり教室に集まってくれたことが、なんとも心にしみました。

 とはいえ、西は神戸、東は京都・奈良・滋賀、そして南は和歌山から、高槻の山頂まで数時間かけて通う学生たちが少なくない実情では、遠隔授業の可能性を思わずにはいられません。

 はたして、「対話デザイン・プロジェクト」は、遠隔ネットワーキングによって実現させることができるのだろうか?

 課題は尽きませんね。
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by tomac | 2004-10-20 16:58 | 牧野ゼミ(対話デザイン)

■動的イメージとしての「議論」のモデル化

 ホームページのほうでは、「論理のしくみ図」という「思考モデル」を紹介していますが、これはあくまでも思考レベルの、いわば骨組みのような部分であって、肉付けの部分は含まれていないので、なんとなく無機質で味気ない印象を与えるのではないでしょうか。

 どちらかというと、内省的に行われる「思考」に対して、人と人との相互作用が生み出す「議論」は、もっと豊かで多様な共同構築プロセスといえます。さらに、時空間を超えるようなダイナミックな議論まで視野にいれるとしたら、その過程を「静的」なモデルとして表すのには限界がありますよね。

 なんとか「動的」に表すことができないのかなあ、というのが、ここ数年の、理論研究としての課題でしたが、ここへきて、それがようやく一つの形になろうとしています。

 既に論文などでは断片的に言及しているとはいえ、いずれきちんと説明したいと思っていますし、スライド形式のコンテンツが出来上がったら、ホームページでも公開する予定です。

 今回はそれに先立ち、授業の中で紹介してみようと思っているのですが、その導入として、科学教育用のポータルサイト「理科ねっとわーく」が提供するコンテンツをいくつか利用させていただこうと考えています。

 「議論」という共同構築プロセスを表す動的なイメージといっても、おそらく学生にとって全く新しい概念でしょうから、いきなり講義しても、なかなか理解が届かないと思うので、新しい概念を既存の知識と統合させることで、意味の再構成をうながしてみよう、というのが意図です。

 ここから先は、単なる仮説に過ぎませんが、私は、「議論」と呼ばれる共同構築プロセスにも、自然界の法則と同じような「体系」が存在するに違いない、と考えています。

 たとえば、ことばを使ったコミュニケーションは、言語という「体系」に基づいて「意味づけ」を行うことですが、「メッセージ」というのはそうして生みだされます。あるいは、メロディを使ったコミュニケーションは、音の「体系」に基づいて「意味づけ」を行うことですし、映画やドラマやCMにも、映像文法と呼ばれる「体系」があります。やはり「メッセージ」は、その「体系」に基づいて生成されるといえます。(ちなみに、映像文法は、言語や音の「体系」に比べると、まだまだ未開拓の領域だそうです。)

 もしも、「議論」と呼ばれるコミュニケーションにも「体系」があるとしたら、それはきっと、自然界の原子や分子が反応しあう「化学反応」によく似ていて、生成された化合物の多様性は、光の三原色(RGB)で表すことができるのではないか?という発想から、めぐりめぐってこの仮説に至りました。

 「デジタル」というと、無機質で味気ない印象を与えがちですが、デジタルカメラやデジタルビデオで撮影した画像や映像は、決して無機質なイメージではありませんよね。しかし、その豊かな表現力が究極的には「0」と「1」に還元されるというのですから、自然界の法則ってすごい!

 つきつめていけば、「議論」だって、数学的にデジタル化できないはずがないではありませんか??

 けれども、それは古典的な論理学(形式論理学)のように、「すべてのAはBである」「すべてのAはBではない」というような次元の数学ではなくて、自然界の豊かな多様性を緻密に描写できるデジタル情報の世界です。

 うーん。研究という意味でいえば、まだ入口に立ったばかりで、たとえ一生かけても、その全容を掘り起こすことができるか、現時点ではわかりませんが、ライフワークとして取り組み続けていきたい大切なテーマの一つですね。
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by tomac | 2004-10-19 12:10 | コミュニケーション能力って

■ブログとe-Learning

 「ブログ」のことは、東通産業(株)の江原氏から、最初に教えていただきました。

 今年のはじめ、大阪(梅田)で開催された「exCampus」の研究会に(東通産業主催)に出席したのですが、それがきっかけとなって、後日、伊藤部長と江原マネージャーがわざわざ山頂のキャンパスに足を運んでくださったという経緯がありました。お二人はとても熱心に私の話に耳を傾けてくださったのですが、そのとき、

◆映像クリップを添付できる掲示板をe-Learning環境として応用する可能性

 について熱く語ったのを、江原さんが覚えていてくださったのです。

 しばらくして、このようなメールをいただきました。(2004年3月19日付)

> 毎度お世話になっております、江原@東通産業です。
>
> 先日おうかがいした時に先生のお話をうかがって私なりに理解した限りでは、
> exCamusなどの一方的な授業コンテンツ垂れ流しよりは、学生相互や学生と
> 先生との相互コミュニケーションをサポートする環境のほうにご興味を
> 持っていらっしゃるように思えました。
>
> 昨年末あたりから一部で流行している「ブログ」みたいな環境を
> 学内で構築することにご興味は無いでしょうか?
> 私の部署では、従来型e-Learningシステムの販売に加えて、
> 将来的にはブログ環境のインテグレーションも手がけようかと考えています。

 なるほど!

 たしかに、映像に強い「exCampus」と「ブログ」の共同構築性をうまく組み合わせたら、面白い環境ができそうだなあ、と思いました。

 ただ、当時はまだ複数のメジャーなプラットフォームを併用しながら、e-Learning実践を走らせていた時期だったので、そこまでの余力がなく、しばらく保留にさせていただきました。

 あれから半年が過ぎました。ようやく、まとめの段階にはいり、来月頭には「E-Learn 2004」( Washington DC, USA)にて、包括的な報告としての研究発表に臨む予定です。

 遠隔授業でも、ここまでできる!

 ということを確認できたのが最大の成果だといえますが、研究発表とは別の次元で、ふりかえって思うことは、それぞれのプラットフォームに一長一短があるけれど、結局のところ、それだけでは理想的な学習環境にはなりえない、という実感です。

 もちろん、膨大な事務処理や手作業が自動化されるのはとても便利だし、普通教室ではできないことがe-Learningのプラットフォームによって簡単に実現します。けれども、あるシステムから別のシステムへのコンテンツの移植は、想像していた以上に「めんどくさい」です。別の言い方をすれば、「小回りがきかない」というのか。

 大学という巨大な組織の中で運用するだけなら、それで十分かもしれませんが、そもそも、e-Learningの可能性は、そういう「枠」を取り払うことができる、という可能性に集約されるのではないでしょうか?

 既存のシステムにあわせて授業を設計するのではなく、きまった枠のない自由な空間で、その時々の可能性を追究していこうと思うと、いわゆる「コース管理システム」のように、授業を「管理する」ためのおおげさなツールは、かえって「足かせ」になるのかもしれない、と思えてきます。

◆風呂敷ひとつに必要な教材コンテンツを包んで、あとは、人と人との相互作用を自由にデザインできる環境さえあればいい。

 というわけで、たどりついたのが「ブログ」でした。

 現状では、画像の添付機能がデフォルトになっているのが一般的なようですが、これに映像クリップを加えて、しかも、その映像クリップの制作と送受信をケータイでお手軽にできるようになるとしたら、私の描く「理想的な環境」にぐっと近づくのですが…。

 授業管理に関わる作業は決して無視できないけれど、それはあくまでも後から付随してくるもので、まずはやっぱり、「どんな学びを創造することができるのか(したいのか)」という発想が出発点だと思います。

 この出発点を見失わずに、これからもe-Learningの可能性を追究していきたいな、と思う今日この頃です。
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by tomac | 2004-10-17 14:17 | eラーニングあれこれ

■ブログ始動!

 ふとしたきっかけから、ブログを始めてみることになりました。

 とりあえず、これまで月一回のペースで細々と綴ってきた日記を整理することから始めたわけですが、ブログを使うとこんなに簡単にできるなら、とっくに始めればよかったわ、という感じです。

 たいした記録にはなっていないけれど、2003年のサイト公開から、一つ一つ試行錯誤してきたことを思い出しつつ、「へえ~、あのときは、こんなこと考えてたっけか。こつこつ続けていれば、そのうち成果になるものなのね~」と改めて実感したりして。

 ひとつ心配なのは、これまで月一というスローなペースで進めてきた日記が、ブログにしたとたん、まめに書けるのか?ということですが、ブログのいいところは、コメントをつけてもらえることと聞いているので、まずは挑戦してみることにします。

 今日は、過去ログの移植で疲れたので(笑)、新規の書き込みは、ぼちぼちやっていきますね。

 
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by tomac | 2004-10-16 18:28 | 日々の出来事
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