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コミュニケーション能力と学び(覚え書き)

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■紅白歌合戦

今年のテーマソングはなんといっても、馬場俊英の「スタートライン~新しい風」でしたが(関連記事は●こちら●)、馬場さん、紅白歌合戦に出場されるんですね。

8月に引越しして以来、テレビなしの生活にすっかり慣れましたが、毎年、紅白歌合戦だけは楽しみにしているので(笑)、今年は大晦日が待ち遠しいです。
by tomac | 2007-12-29 09:02 | 日々の出来事

■私のクリスマス

今年はクリスマスイブが祝日だったので、恋人たちは素敵なイブを過ごせたことでしょう。また、近所を散歩していたら、「も~ろ~びと~♪」と歌いながら歩くクリスマスキャロルの一団に遭遇しました。これも、なかなか風情があっていいですね。

b0046050_141571.gif私はといえば、せっかくの連休だというのに、朝から晩まで校正の仕事をしてましたが。あーあ、学期中の忙しさから解放されたと思いきや、どっさり仕事がふってくるなんて、さすがに悲しくなりまする(;_;) 
このブログでも、たびたび話題になった博士論文の出版ですが、ただいま再校の最中です。

b0046050_14151624.gif最初にお話をいただいた2003年11月の時点では、まさかそれが博士論文になるとは思っていなかったのですが、あれ以来ゆったり休んだ記憶がなく、常に何かに追い立てられているような生活が続きました。とにかく「あともう少し」と自分に言い聞かせて最後の力をふりしぼっています。えーん、マラソンみたい。

ただ、論文中の至るところに【議論の十字】が出てくるので、校正中、「なんだか、いつになく、クリスマスっぽいクリスマス?」なんて思ってしまいました(笑)。

よくきかれるのですが、【議論の十字】とキリスト教は言うまでもなく無関係です。結果として、たまたま十字の形に落ち着いたというだけです。そもそもキリスト教の十字といえば、十字架か、正十字ですが、【議論の十字】は、縦の軸より横の軸のほうが長くて、その形状にきちんと意味があるんです。…と、むきになっても仕方ありませんが(笑)、晴れて本が出版されれば、そういう誤解もとけると思います。

by tomac | 2007-12-25 14:44 | 日々の出来事

■メリークリスマス

b0046050_1544265.gifフィンランドの仲間たちからクリスマスカードが届きました。私のためにわざわざこの色を選んでくれたのかな?(笑)偶然かしら?

めずらしくまだ雪が積もってないそうです。北欧の白夜は有名ですが、それは夏の話で、冬は日照時間が極端に短く、暗く寒い時間が続きます。雪が明るさと温もりをもたらすのですから、雪のないクリスマスなんて興ざめです。どうか間に合いますように…

by tomac | 2007-12-21 15:53 | わくわくフィンランド

■対話デザイン2007 → 不思議なタイミング

b0046050_10295257.gifこの写真は【コミュニケーション論】の授業の初めに受講生にむけて私から説明をしたあとの場面です。教室の端からだと、こんなに小さくしか見えないんだなあ、と今さらながら実感しています。自分の学生時代を思い出してみても、大教室で講義をしている先生なんて、遠くて、しょせんあまり存在感のない対象ですよね…。

b0046050_103735.gif写真を送ってくれたのは、無事に帰国したエリザベス博士でした。考えてみると、彼女があの場に居合わせたのも不思議な縁だったと感じます。「Teaching and Learning」の専門家で、【教職の専門性】という、ギョーカイでは最もトレンドな話題について、カタコト英語ながらもホットな議論を交わせる貴重な相手です。

b0046050_1043152.gif今回は共著の論文を書くためにわざわざ英国から来てくれました。【イメージによる対話】というテーマを共有できるパートナーであり、学校の校長先生を務めた経験もあるほど政治的な手腕に長けてます。私が最も苦手とする分野なので、年齢差や文化差をこえて、一緒に仕事ができるのはとてもありがたいことです。

by tomac | 2007-12-18 10:55 | 牧野ゼミ(対話デザイン)

■対話デザイン2007 → ドラマの教育効果

b0046050_10565657.gif実は、今回の授業は、ちょうど「ゲストスピーカーの講演会」と重なってしまうという、もう一つのハプニングがありました。お迎えしたエリザベス・ハートネルヤング博士と通訳の河合和世さんには事情を率直にお伝えしました。

そのほかにも、この日はいろいろと予期せぬハプニングがあって、本当に神経が磨り減りましたが(笑)、エリザベス博士や和世さん、それから、ゼミのメンバーたちとのチームワークで、なんとか乗り切ることができました。

こういうドラマを共有することがを深めるために非常に有効なんです。だからこそ、このドラマの効果を教育現場において積極的に利用するべきだというのが、私の研究者としての立場であって、もうすぐ出版される本(博士論文ですが)の中で、詳しく論じています。ですから、


今回の挑戦は、リスクが高いことはもちろん承知しておりましたが、その場の思いつきでしたことでは決してありません。これまでの研究成果による裏づけがあったからこそ、あえて挑戦に踏み切りました。



b0046050_1112325.gifエリザベス博士の来日目的は、春学期にゼミ活動として実施した【映像クロス】を共同研究の対象として分析するためでした。そのため、彼女が独自のノウハウをつかって、ゼミのメンバーたちにインタビューしてくれたのですが、彼女を介して得られたメンバーの声を聞いてみると(録音されたものをあとから聞きました)、ここにも貴重な発見がありました。

by tomac | 2007-12-14 11:21 | 牧野ゼミ(対話デザイン)

■対話デザイン2007 → レポートを書く権利

受講生に対する説明は昨日授業の最初にいたしましたが、ブログを見守ってくださっている外部の方々にもご報告させていただきます。

原稿を用意して臨んだわけではありませんが、こういう大事な話をするときはあらかじめ一言一句を考えるようにしているので、話し終えたあとも内容は覚えています。


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前回の授業の最後に、私は、列をなして並んでいる人たちがまだいるのにもかかわらず、チャイムが鳴り終わると同時に(レポート提出用の)封筒を回収してしまう、という非常に不当で理不尽なことをいたしました。ある目的を持って。

ただ、その後ゼミ生のほうから「自分たちも一定の重荷を引き受けるから・・・」という申し出があったので、予定していたことではなかったけれど、彼らの提案を受け入れました。

ご存知の通り、今回の騒動のきっかけは「学生による授業評価アンケート」にありました。提出された白い紙(自由記述)のほうに「ある人が、むりやり代筆させられて困っている。なんとかしてあげてほしい」という記述があったのです。

アンケートは、実施しない先生もいます。実施しても、読まない先生もいます。読んでも、何もしない先生もいます。きちんと読んで、改善の努力をする先生は、残念ながら限られています。私は少なくとも今回の件に関して、それが最善であったかどうかは別として、自分なりにできるだけのことをしたつもりです。

12回の授業のうちの、たった1回、しかも最後の1分間です。それくらい、教師が「対話の責任」を放棄したって、別にいいじゃないっ!

ということが、ゆるされるのでしょうか?

ゆるされるはずがありませんよね。

そうであるならば、これだけの人数のうちの、ほんの一握りだからといって、

不正なことをする人たちがいて、いいはずがないのです。

それを伝えたかった。うまく伝えられたかどうかはわからないけれど。

受講生、ゼミ生、講師の三者によって対話をしている以上、受講生にも、その一端を担う「責任」があるのです。

前回の授業では、最初に黄色い用紙に、不正行為に関する意見を書いてもらいましたが、とても参考になる意見ばかりで、繰り返し読み直しました。

その中に「レポートを書く権利」ということばがあって、それが心に響きました。

私はこれまで、授業を履修している人にはすべてレポートを書く権利があると思い込んでいました。だから、授業が終わる5分前に来た人にも無条件に用紙を渡していたのです。

けれども、私は間違っていました。

レポートを書く権利」は、「対話の責任」を果たした人にのみ与えられるべきなのです。

当初は、こういう管理的なこと(色紙を使った特別な用紙を一人一枚ずつ配布する)はしたくないと思っていましたが、これは「管理」ではない。「レポートを書く権利」を保障するシステムです。

このシステムを導入することに決めました。

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ちなみに、今回は「インフォメーションシステム」という大学のツールを利用して、受講生全員にあらかじめ連絡することができました(授業開始時に用紙を一人一枚ずつ配布し、その後は配らない)。

これまでは休講の連絡にしか使ったことがなかったのですが、今回はこのシステムがあってとても助かりました。少人数の授業であれば、個人的に連絡をとることも可能ですが、二百人をこえる履修登録がある授業なので、こういう授業にこそ、ネットワーク技術の力が活かされるんだなあ、と実感したしだいです。

今回の一件は、精神的にも肉体的にも消耗する出来事でしたが、それに見合ってあまりある新たな発見がありました。

by tomac | 2007-12-13 09:22 | 牧野ゼミ(対話デザイン)

■対話デザイン2007 →「不正行為」について

すでにお話ししたように、「良心」というのは生まれながらに備わっている「能力」ではありません。生まれた時点では善も悪もなく、無色透明なのです。ただ、人間はもともと、とても「弱い」存在なので、自分の弱さに打ち勝つだけの「強さ」を身につけなくてはなりません。成長とともに。

不正をする人というのは、「悪い」というより、「弱い」のです。価値判断の領域で、まだ十分に発達していない未熟な人たちです。自分の弱さを克服する力をつけないまま身体だけが大きくなってしまいました。そのまま一生を終える人もいるでしょう。

不正は、その人たちの問題であって、私の問題ではない。本人のこれまでの「人生の結果」であって、そう生きたければ、生きればいい。大教室の講義科目で、受講生一人ひとりの人生まで背負う必要があるとは思えないので。

代筆は、見ればすぐにわかりますし、これまでも、ゼミ生たちが筆跡の似ている二枚のレポートを見せてくれたこともありますが、そういうことに割く時間があったら、授業の準備に時間をかけたいです。

今回は、しかし、例年とは若干様子が違っていたので、あえて取り上げました。授業を通して、受講生のみなさんに考えてほしかったのは、次の3つの問いです。

●信頼を失う、とは?

●権力によって管理される、とは?

●講師が「対話の責任」を放棄する、とは?


賛否両論があるのはもちろん覚悟のうえで、実際に体験していただきました。そもそも価値判断の領域に踏み込むことは非常にリスクの高い挑戦です。けれども、教師がいったん「賭け」に出た以上は何があってもその先で軸をぶらしてはいけません。そう考えて行動しました。

詳細は、起きた出来事を初めから最後までその場で見届けた人でなければわからないと思いますので、ご想像にお任せします。

ただ、これは想定していなかった展開だったのですが、チャイムが鳴って、私が教室を出たあと、ゼミ生と受講生たちの間で話し合いがなされたそうです。

それでも、私は自分の信念を曲げるつもりはなかったのですが、ゼミ生が自分たちも一定の重荷を引き受ける、というので、彼らの提案を受け入れました。

というか、本心をいえば、救われましたね。おかげで、今夜はよく眠れます(笑)

by tomac | 2007-12-05 15:33 | 牧野ゼミ(対話デザイン)

■対話デザイン2007 → 私の「良心」

良心」というのは、生まれながらに備わっているものではなく、社会生活を営み、他者との関わりを積み重ねることで獲得していく「能力」です。授業の中では心理学や脳科学の知見を紹介しながら、それを理論的に説明します。

でも、理論を解説すれば、「良心」が育つわけではありません。大教室の講義科目で、受講生の心に働きかけるのには限界があります。あたりまえの話ですが、説教をたれても、人の価値観を変える(少なくとも影響を与える)ことはできません。

それでも、知識と経験から得られた「知恵」があります。ただし、多大なエネルギーを注いで、それを実践するかどうかは、私の「良心」によりますよね。ふぅ…

by tomac | 2007-12-03 08:50 | 牧野ゼミ(対話デザイン)
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